知磨き倶楽部

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【本の紹介】『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』

カンボジアが世界で初めて中央銀行の管理するデジタル通貨「バコン」の実証実験を始めたのが2019年(正規運用開始は2020年)。日本でも日経新聞でも取り上げられたりしていましたが、そのシステム開発において活躍したのが日本のベンチャー企業であるソラミツ

ソラミツ社の代表取締役社長を務める宮沢氏が、開発の様子やその他のソラミツ社の事業、中銀デジタル通貨等について書かれた本を紹介します。

正直、UIとかそういうシステム的な面ではなく、普及度の観点でまだまだ使い勝手が良いとは感じられないバコンですが、カンボジアのニュースなどでは今ひとつ分かりにくかったバコンについて、理解が深まる一冊です。

 

 

 

カンボジアにおけるデジタル決済の状況

経済規模や発展度では後進国であるカンボジアですが、過去のインフラやしがらみなどがない分、先端技術の導入は非常に早く進められるという側面があります。リープフロッグ型発展というやつですね。分かりやすい例では、固定電話網が整備されていなかったが故に、携帯端末の普及が圧倒的に進んだことにより、関連サービスなどが爆発的に拡がっています。

 

もちろん、既存システムに頼らないといけない分野では、まだまだ弱い面は否めません。本書でも言及されている通り、銀行口座の普及率は20%を超えている程度で、特に田舎では近くに銀行店舗がなかったりして、銀行口座を持っていない人がたくさんいます。そうした人たちは銀行ではない送金業者のサービスを利用しています。

一方で、店舗等でのデジタル決済については、新型コロナの影響もあり、都市部で急速に普及しました。カンボジア最大手の銀行であるAcleda銀行のAcleda Pay、急速に業容を拡大するカナダ系の国内銀行ABA銀行のABA Payのほか、中国系のWeChat PayやAlipayなど、さまざまなデジタル決済プラットフォームのQRコードが店頭に並び、多くの人が利用している様子が見られます。

 

バコンの普及状況

日本でもそうですが、様々なプラットフォームが競い合う状況はサービス改善などにはプラスでしょうけれど、利用者としては使える店舗や使えない店舗が混在し、複数のプラットフォームを並行して使わないといけないなど不便さもあります。

カンボジアで運用が開始されたバコンは、利用者目線で見れば中央銀行が主体となっているデジタルウォレット・決済プラットフォームであり、複数乱立するデジタル決済方式をバコンに統一しようとしているように見えます。

 

ただ、現地の報道によれば、バコンの普及は当初想定よりも伸び悩んでいるように見えます。

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中央銀行が発行している年次報告によれば、カンボジア経済全体でのドルの利用率は未だ8割を超えており、預金残高だけでみれば9割を超える預金が外貨建てです。カンボジア中央銀行の狙いの一つとしては、このバコンの普及を通じて、米ドルの利用率を抑え、自国通貨であるリエルの利用率を上げることがあります。

“Payment in USD [has become] a habit that is hard to change. However, for lower-income segments of the market whose main revenues are in KHR [riels], spending is normally done in KHR.” “More conscious spenders are also switching to KHR wherever they can,” she noted, adding, “Through a digital payment platform, we would be able to make KHR payments easier and more convenient such that we can avoid carrying too many banknotes.

 

バコンについては、導入店舗が増えていない(私は現地で見たことがない)点が利用者目線では課題だと思われます。一生懸命店舗への普及を進める人がいないと、爆発的には拡がらない感じもしますが、この辺は誰がどうやっているのか。中央銀行の職員がそういう仕事をするというは、想像し難いですね。

ただ、最近では国内送金を行おうと銀行窓口に行ったら、バコンを通して送金しろと言われたという話も聞きます。前掲の引用記事中でコメントがあったとおり、銀行側が利用者に対して積極的にバコンの利用を促すことで利用率は上がりそうです。

 

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また、カンボジア中央銀行がバコン普及のために進めている施策の一つが、海外送金を組み込むことです。現在、マレーシア最大手のメイバンクとの間で合意に至っているとのことです(マレーシアはカンボジア人の出稼ぎ先の一つ)。

 

バコンは「中銀デジタル通貨」なのか?

利用者目線では「デジタル通貨」という実感は全くなく、数年前に地元資本が一生懸命普及させようとしていたPiPayというデジタルウォレットとほぼ違いが感じられません(PiPayも、ABA Payの普及ですっかり影が薄くなりましたが)。

本書でも触れられていますが、カンボジア中央銀行はバコンについて「中銀デジタル通貨」という言い方をしていません。ソラミツ社は国際的な定義からすれば、まごうことなき「中銀デジタル通貨」だとしているので、本書のタイトルにも世界初の中銀デジタル通過と銘打ってはいますが。

At the project’s launch, Serey emphasized that Bakong should not be referred to as a CBDC but rather a payment and money transfer service.

この辺りの事情はカンボジア側の事情などもあったようで、詳細については本書を当たっていただければ。

 

ソラミツ社の活動

カンボジアにおけるバコンについてのみ見てきましたが、本書では会津大学で開発された地域デジタル通貨Byaccoについても言及されています。

また、本書刊行後のトピックスではありますが、カンボジアの隣国ラオスでも、ソラミツ社の技術によってデジタル通貨の開発が進められています。

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こうした日本のベンチャー企業の活躍が報道されるのは、自分には全く関係のない分野であっても、とても誇らしいし、嬉しいですね。

 

本書は一企業の活動内容であり、宣伝的要素が強いことは否定しませんが、デジタル人民元という巨人の胎動が感じられる今だからこそ、東南アジアの小国とはいえ、先駆けて「デジタル通貨」を導入した事例から学べることは少なくありません。

アジアの躍動の一端を感じることもできますので、一読の価値があると思います。

 

 

 

Bakong

Bakong